風のローレライ


第1楽章 風の警笛

2 FINAL GOD


どこに行くんだろ?
夜の風が走ってく。
すれ違う車のヘッドライトも、道路に並んだ街灯も、みんな列をなして流れてく。 まるでUFOの群れみたい……。
「寒くないか?」
しがみついた彼の背中の前方から声がした。
「ううん。平気」
こうしてこの人に掴まっていると、家にいるよりずっとあたたかい……。
バイクは風を切って進んだ。
ずっとこうしていたい……。
でも、それからすぐに平河はブレーキを踏んだ。

「着いたよ」
彼はヘルメットを外すとわたしをバイクから下ろした。
そこは病院だった。しかも……。
「何よここ、産婦人科じゃない! ふざけないでよ! こんな所に連れて来て……」
わたしは文句を言って、そこから離れようとした。
「待てよ」
彼が腕を掴んで来た。
「やめて! 痛いよ」
わたしは顔をしかめた。
「ほら、ちゃんと手当てをしなきゃだめだよ。ここの先生はいい人だから大丈夫。きっと消毒薬を塗ってくれるよ」
と、腕を引っ張って中へ連れて行こうとする。

フロアにはまだ灯りが点いていた。
中は落ち着いた雰囲気で、各コーナーやカウンターには観葉植物や花が程よく飾られている。
可愛い赤ちゃんのポスターやぬいぐるみも置かれていた。
やさしそうなお母さんが赤ちゃんに母乳を飲ませている。
わたしはふっと顔を背けた。
「あら、瞬君じゃない? どうしたの?」
丁度、奥から出て来た看護師さんが声を掛けてきた。
へえ、平河って、瞬って名前なのか。
彼はペコリと頭を下げた。
「すんません。この子の傷を診てやってくれませんか?」
「傷?」
その人は心配そうな顔をしてわたしを見た。
「わかったわ。奥へいらっしゃい」
彼女はドアを開いた。

その看護師さんはやさしかった。
それから、院長先生も……。
看護師さんは、その風見先生の奥さんなんだって……。
二人共にこにこしてあったかい手をしてた。
平河は、そこの病院で生まれたんだと言った。
なら、わたしはどこで生まれたんだろ?
外は冷たい夜の風。

――そんじゃな。もう遅いし、家に帰れよ

行ってしまったバイク……。

――もし、辛い事があるなら、ここの風見先生に相談するといいよ。先生はやさしいから、きっとおまえの力になってくれる

「……きっとおまえの力にですって?」
わたしは笑った。
大人の力に頼れっていうの?
大人なんか嫌い!
すぐにうそをつくし、子どもだと思ってバカにして、本当の事なんか少しもわかってくれやしない。
大人なんてみんなそうよ!
残酷でわがままで自分勝手な人間ばかり……。
「嫌いよ!」
みんな嫌い! 嫌い! 大嫌い!
遠くでブロロロとバイクの音が響いた。
「平河……」
闇の風が見えた。
あの連中の何人かはきっとあの風の餌食だ。
でも、平河は……。
あいつの背中には何もなかった。
浮かび上がる銀色の文字……。

『FINAL GOD』

「あたたかかったな。あいつの背中……」
わたしは、家とは反対の方向へ歩き始めた。


「寒い……」
わたしはさっき病院でもらったココアの熱い湯気を思い出した。
でも、それはもうとっくに飲み干して、ここにはない。
吐き出した息が冷たい。
ヒューン。
どこかで上がるロケット花火が闇を切り裂く。
高いフェンスの向こうに人影が見えた。
「ここって中学じゃない」
それは、わたしが4月から通うことになっている姫百合中学だった。
門は開いていないのに人がいる。
しかも何人も……。
彼らは奇声を上げたり、バイクをガンガン乗り回したりして騒いでいた。
瓶に立てた花火が次々と発射されて校舎の壁に反射している。

「闇の風だ……」

わたしはその校舎に覆いかぶさるように歪んでいる闇の風を見つけた。
その影は不気味に笑いながら、そこにいる人間達を飲み込もうとしていた。
「危ない!」
わたしは思わず門を開け、中へ入った。
「逃げて! そこは危険よ!」
わたしは叫んだ。
「何? 何が危ないって?」
「おまえ、だれだ?」
そこにいた全員が振り返る。
闇は今にも襲いかかろうと彼らの隙を狙っている。
「説明してる暇なんてないよ。どいて!」
わたしは彼らを突き飛ばした。
「てめえ! 何しやがる」
「女だからって容赦しねえぞ!」
何人かの少年が怒鳴った。
でも、そんなのいちいち構ってらんない。
早くあれを浄化しないと……。
気を高め、闇を打ち砕こうとしたその時、
「きゃっ!」
突然、引きずり倒された。
「ふざけんなよ! このチビ」
「そうだ! 何様のつもりでおれ達に命令してんだ?」
少年達が凄む。
闇はどんどん彼らを取り巻いて行く。
「やっちまおうぜ」
醜悪な顔で彼らは笑った。

――やめて!

その時、わたしの中で何かが弾けた。
熱い……。
煮えたぎる何かが体の中を駆け回る。

――許さない!

わたしに触れることは……!

「触 れ る な――!」

わたしは闇の力で少年達を弾き飛ばした。
そう……。闇の力で……。
「な、何なんだ……?」
「おまえは……!」
彼らは地べたに転がってヒイヒイ言ってる。
闇の風が笑いながら、わたしの周りを駆け回った。
わたしは、初めて闇と同調した。
闇はわたしの思うがまま、形のない生命体のように変幻自在に変化して、彼らを襲った。
そして、セットされたままになっていた花火に引火させる。
「うわあっ! やめてくれぇ」
ロケット花火が次々と彼らを狙う。
中にはズボンの尻に引火して煙を出している者もいた。
幸い、火はすぐに消し止められたけど、彼らは完全に戦意を喪失していた。
「ふふふ。当然。これは罰よ」
わたしは言った。
「これに懲りたなら、2度とわたしに逆らおうなんて思わないことね」
「へへえ。わかりました」
情けない顔をして、彼らは皆、頭を地面にこすりすけた。
そんな彼らの忠誠心を見るのは気分がよかった。
闇の風も使い方によってはこんな風に役に立つんだ。
この力を使えば、もう怖いものなんかない。わたし、きっと幸せになれる。
そんな気がした。
スターになるよりずっと幸せになれる。
ロケット花火の残骸からぷすぷすと白い煙がたなびいていた。

「おれ達ここの2年で、通称『プリドラ』ってバンドやってるんだ。おれは裕也で、こっちがリッキー、谷村、マー坊にメッシュだ」
リーダーらしい奴が言った。紹介された4人が軽く挨拶する。
「わたしはアキラ。4月からここの生徒になるの」
わたしもそうあいさつした。
「そんじゃあさ、おれ達のメンバーにならないか? 丁度女の子のボーカル探してたんだ」
裕也が言った。
「そうね。でも、わたしはお尻に火をつけるパフォーマンスは苦手だわ」
みんながどっと笑った。
「それに、歌なんか得意じゃないし……」
「そんなぁ。頼んますよ。アキラさん」
「おれ達、何でもしますから……」
メッシュやマー坊も熱心に言った。
「ほんとに? 何でもしてくれるの?」
わたしは訊いた。
「それはもう……。なあ?」
裕也が言った。
他のメンバーもうなずく。
「なら、一つお願いしていい?」
「何なりと」
「少しお腹が空いてるの。何かあたたかい飲み物と食べ物を持って来てくれない?」
本当は朝から何も食べていなかった。だから……。
「その、できればでいいんだけど……」
彼らは目と目でうなずき合うとリッキーがバイクで颯爽と出て行った。

それから、リッキーが帰って来てみんなでハンバーガーを食べた。その間、みんなは中学の生活についていろいろ教えてくれた。科目ごとに先生が変わるとか、部活のこととか、何だかとても楽しそう。でも……。
「制服?」
裕也がそう聞き返した。
「うん」
わたしはなるべくさり気なく言った。
「ついうっかりしちゃってさ」
「だって、それじゃあ卒業式ン時困るだろ?」
リッキーが訊く。
「それはいいんだけどさ。もう済んだし……」
「済んだ?」
谷村が納得いかなそうな顔で訊いた。
わたしは慌てて言い訳した。
「うちの学校、卒業式は制服じゃないから」
「そうか。でも、今からじゃ入学式だって……」
メッシュが心配そうに言った。
「うん。このままじゃ、間に合わないかもしれないんだ」
「そいじゃ、すぐに頼まなきゃ……」
マー坊も言った。
それができるんなら苦労はないわよ。
わたしは心の中でつぶやいた。
「そうだ。リッキー、おまえんちの姉ちゃん、今年卒業したんじゃなかったか?」
裕也が言った。
「けど、サイズが合わねえだろ? うちの姉ちゃん、こーんなぶっといんだぜ」
「なら、うちの婆ちゃんに直してもらえばいいよ。デカイんなら大丈夫。縮められると思うよ。近所の人の服とか、よく直してやってるんだ」
マー坊が言った。
「ほんと?」
わたしは思わず叫んだ。何だか希望が見えてきた。
「それじゃ、お願い」
「まかしとけって」
みんないい人達だ。
中学ってのも案外いい所かもしれないな。

「なあ、アキラ」
帰り際、裕也が言った。
「おまえ、大丈夫なのか?」
「何が?」
「だって、普通じゃねえだろ?」
「……」
何が言いたいの?
車のヘッドライトがその顔を照らして通り過ぎる。
「もし、虐待とかされてんなら……」
じっと見つめて来る。
「ちがう!」
わたしは否定した。でも、裕也は……。
「だけどおまえ……」
わざと顔をそらした。なのに、裕也は腕をつかもうとした。わたしはそれを強引に払って言った。
「平気だから!」
そうだよ。わたしには力がある。
闇の風の力が……。
もう怖いものなんかないんだ。
何も怖いものなんか……。
「来いよ」
裕也が言った。
「行こう。送るよ」
家になんか帰りたくなかった。でも、帰らないなんて言えなかった。裕也は家まで送ると言ってきかなかったし、ほんとはわたしだって眠くてさっきから何度もあくびを噛み殺してた。
「ありがと。もういいよ、ここで。家すぐそこだから……」
「そこって何処だよ? 玄関まで送るよ」
「う…ん……」
裕也って責任感強いんだ。でも、困っちゃうな。そんなことされたら返って迷惑。だって家は普通とちがうんだ。せめてあのバカ親と会いませんようにとわたしは心の中で願った。でも……。


「アキラ! こんな時間まで何処ほっつき歩いてたんだい?」
家の前の街灯は切れていた。声はその暗闇から聞こえた。
「お母さんかい?」
裕也が訊いた。
会わなきゃよかったのに……。
「このバカ娘が!」
いきなり手首を掴まれ引きずり倒された。
「痛いっ! やめて」
わたしは叫んだ。
「ざけんじゃねえよ。ガキのくせして男と遊び歩くなんざ10年早いよ」
細いヒールのサンダルで何度も蹴られた。
「ちょっと! やめてください!」
裕也が止めに入った。けど、その彼にも暴力を振るう。
「関係ねえ奴は引っ込んでな」
「関係なくはありません。おれ達、仲間になったんすから……」
「へえ。関係ができたって? ガキのくせしてそっちだけは手が早いんだね」
「ちがいます。ただ、おれ達は……」

その時。もう一人。いやな男が現れた。あの男だ。
「あんた、聞いとくれよ。このチビがアキラに手え出したんだ」
「何だと?」
男の目がギロリと光った。いつも飲んだくれてばかりいる男の目は薄黄色く濁って見えた。
「うちの娘に手え出しただと?」
男が裕也の襟首を掴もうとした。
瞬間。
わたしはそいつに闇の風を放った。
男は無様に飛ばされて隣の家のブロック塀に叩きつけられた。
「あんた、一体うちの人に何やったんだい!」
女が怒鳴った。
「おれは別に何もやってねえよ。おっさんが勝手にすっ転んだんじゃねえか」
裕也が言った。当然だよ。わたしがやったんだから……。でも、彼らはそうは思わなかったみたい……。半分だけ街灯が当たったその顔は鬼のように醜く歪んで見えた。そして、その恐ろしい化け物がわたし達に向かって襲い掛かって来る。
いやだ! やめて!
わたしは心の中で叫ぶと風の力で奴らを吹き飛ばした。
「裕也、来て! 逃げよう!」
わたしはその手を取って全速力で駆け出した。

「アキラ! おい、待てよ」
裕也が言った。
それから滅茶苦茶走って知らない通りまで来た。
「大丈夫。さすがにここまでは追って来ないよ」
「けどさあ、一体どうするつもりなんだよ? これから」
「わかんないよ。そんなの……」
わたしは、ぷりぷりと怒りながら歩いた。
「警察に行った方がいいんじゃないのか?」
「警察? だめだよ、そんなの……」
「何でさ? あいつらに酷いことされてんだろ?」
わたしはうなずく。
「だったらさあ……」
「だめだよ! そんなことしたらあいつらに殺されちゃう!」
「アキラ……」
裕也はじっとわたしを見つめた。
そして言った。
「おれが守ってやる。だから……」
「裕也……」
深夜の住宅街。
しんと静まり返った通りを行く人はいない。
「勇気出せよ」
真剣な瞳。でも……。
遠くからバイクの音が聞こえてくる。
(平河……)
何故かあいつのことが思い出された。
あいつの広い背中とそこに書かれた文字……。

FINAL GOD……

でも、どうして……?
「おれが一緒に付いてってやるから」
裕也がわたしの手を取った。
「いらない!」
わたしはその手を払い退けた。
「でも……」
裕也は呆然としてわたしを見た。
その顔を街灯が照らす。
バイクの音が近づいていた。
「わたし、自分のことはちゃんと自分でやるから……」
「けど……」
バイクの丸い光点が幾つも連なってこちらに向かって来るのが見えた。
「ちゃんと知り合いもいるし、大丈夫だから……」
わたしは向かって来るバイクの一段に合図を送った。

「平河!」
わたしが呼ぶと、彼はすぐに気づいて近くにバイクを寄せて止った。
「おまえ、何やってんだよ? 家に帰ったんじゃなかったのか?」
「帰ったよ。でも、追い出された」
「追い出された?」
「そう。だから連れて行って」
平河は困ったような顔でわたしと後ろにいた裕也を見た。
「っていうか、逃げ出したんじゃないか」
裕也が言った。
「逃げ出しただって? 何かあったのか?」
「別に……何もないよ」
わたしは言った。

「何もない訳ないだろう?」
平河の言葉に裕也が答える。
「そうさ。あんなことされて何もないはずないだろう? あんた、知ってんのか? こいつが親から虐待されてんのを……」
「虐待……。やっぱりな」
平河は納得したように哀れみの目でわたしを見た。
「うるさいっ! 黙っててよ! あんたには関係ないんだからね!」
わたしは裕也を押し退けると平河のバイクにまたがった。
「おい……」
平河が何か言おうとした。
「早く出して!」
わたしは叫んだ。
「アキラ! よせよ! こんな連中と行くな!」
裕也が叫ぶ。その言葉に平河がギロリと睨む。
「どんな連中と行こうとわたしの勝手よ。あんたの口出すことじゃないわ。さあ、早く! 平河」
わたしはせかした。
「いいのか? 本当に……」
背中越しに聞こえる声はやさしい。

「よーよー、平河、おまえ、こんな少女趣味があったのか?」
「よく見りゃ、彼女可愛いじゃん!」
そこらを一蹴して来たバイクの一団が戻って来てわたし達を取り巻いた。
「アキラ!」
裕也が叫ぶ。
「悪い男に追われてんの?」
「おれ達がボコしてやろうか?」
エンジンの唸り声を上げながら連中が言った。
「やめて! 裕也には関係ないわ」
わたしは言った。
「そう。悪いのはこいつの親さ」
平河が冷静に言う。
「なら、そいつをやっちまおうぜ!」
少年達は息巻いた。

夜の闇へ彼を置いてきた。
裕也は、泣きそうな顔でわたしを呼んだ。でも、わたしは振り返らなかった。
制服は欲しかった。けど、それは何かがちがう。
わたしが本当に欲しいのは……。

「海が見たいの」
わたしは言った。
「海?」
「そう。青くて潮の香りがする本物の海が……」
わたしはしっかりと平河の腰に腕を回し、その背に頬を寄せた。こうしていると冷たい風のヴェールが街の汚い部分を、みんな浄化していってくれる。そんな気がした。
「それだともっと遠くに行かないと無理だよ」
平河が言った。
「お願い。連れて行って……」
「でも……」
夜の街は何処まで行っても得体のしれない巨大な怪物の胃袋の中のようだった。入り組んだ闇のトンネルは消化管の中なのかもしれない。

「もっとスピードを上げてよ」
わたしは命じた。平河は無言だった。でも、頬に当たる風がだんだん強くなる。
「もっと! もっと速く……」
闇の風に追いつかれる前に……。
「もっとよ! もっと速く!」
街灯の群れが夜光虫のように飛来する。
わたしは実際、夜光虫っていうのを見たことがないのだけど、きっとこんな風なんだと思うの。
そういえば、バイクの集団ってのも何だか虫の集まりみたいだ。群れて大きくなってそして、強くなる。羽音のように、荒々しくバイクのエンジン音を響かせて飛ぶ……。

「おい、ほんとに大丈夫なのか?」
平河が訊いた。
「何故?」
「いくら何でも心配するだろ?」
「誰が?」
「親がさ」
「ふうん。平河の親って心配してくれるんだ」
「……」
わたしは、自分の親がわたしを心配してくれるっていう構図が浮かばなかった。っていうか、あんな親なんかわたしはいらない。
「心配なんか……しない」
わたしは言った。
「あいつらは自分のことしか考えない。自分の今、目の前にあることだけしか……」
遠くでサイレンが鳴っている。あれはパトカー? 風当たりが強くなった。
「そうか……。そんじゃあ、今夜はとことん付き合ってやるよ」
平河が言うと周りの連中も一斉に奇声を上げた。


茅ヶ崎まで来た。
そこの海岸で彼らといっしょに星を見た。誰かがあったかいコーヒーとクラッカーをくれた。
「へえ。中学かあ。若いなあ」
リーダーの熊井ってのが言った。
「でもさ、あんたらだって若いんじゃないの?」
もらったお菓子を食べながら、わたしは訊いた。
「若い?」
そう言うと一斉に笑いが起きた。
「おれ達、幾つに見える?」
熊井が言った。
「えっと、二十歳くらい?」
わたしはずらりと並んだ人達の顔を見回して言った。
「おれ、16」
「おれは17」
「おれ、15。でも、誕生日もうすぐだから……」
12人中、熊井だけが19で、あとは全員15〜17だった。

「やっぱ若いじゃん」
わたしは言った。なのに連中はまた笑った。
「ちょっと、平河」
わたしは隣にいた彼を突いた。
「ああ、悪かったな。けど、君の方がもっと若いだろ?」
「当たり前じゃない」
わたしは口をとがらせた。
「いや、おれ達もそれくらいの時には希望に溢れて中学校の門をくぐったっけなあって思っただけだよ。それがいつの間にか落ち零れて、ついには道を外れてさ」
リーダーが言った。
「そうかなあ」
わたしは言った。

「わたしはそうは思わない」
「はぁ?」
「だってそうでしょ? 道なんて始めからあるもんじゃないもん。みんな、勝手にあるものだって錯覚してるだけよ」
「何? それ……」
誰かが言った。
「だからさあ、今、ここにある道路だって始めからあった訳じゃなくて、何もなかった所に人間が勝手に作ったもんじゃない。高速道路だって、小さな路地の道だってみんな……。ましてや人生の道なんてありゃしない。目に見えないものがどうしてあるなんて言えるの?」

「へえ、あんた、チビのくせに随分おもしれえこと言うじゃんか。気に入った。おれ達の仲間になんねえか?」
熊井が言った。
「わたしがFINAL GODの仲間に?」
リーダーが頷く。わたしはさり気に平河を見た。
「歓迎するよ」
彼が笑ったので、わたしも薄く笑って頷いた。
「よろしく」
みんなが手を出したので、わたしもその上に重ねた。暴走族って怖いってイメージがあったけど、こうしてみると案外いい奴らなのかもしれない。少なくとも、うちのバカ親とはちがう。わたしは一人一人の顔を見回す。そして、改めてよろしくと声に出して言った。